2010年05月31日

面影重ねて

brc_100531_01.JPG


いいお天気ですね。
朝からこんな風に晴れたのは、久しぶりかも。
空気は冷たいけれど、陽射しは暖かです。

って、まるで春先のような書き方ですが。

一応、今の季節は初夏。
花壇に咲きかけているのも、水仙ではなくアルストロメリアです。
でもまあ、体感的には花橘ではなく梅や水仙の香りがしてくるんじゃなかろうか、
と思いたくもなるような、この数日の季節外れの寒さではありましたけどね・・・。


brc_100531_02.JPG


一番早い一本の蕾の先が、少し開いてきました。
今日の陽射しで開花するかしら?


brc_100531_03.JPG


開きかけの蕾の形に、なんだか水仙が咲き始まったときのことを思い出してしまいます。
(↓こんな感じ。蕾の感じとか。)


brc_100315_03.JPG


甥っ子の初節句の様子を見て、自分の子の初節句のときを思い出す親の心境でしょうか・・・。
(どちらも持っていませんが。)


brc_100531_04.JPG


でも、空の色も雲の形もやっぱりちょっとだけ春の色。


brc_100531_05.JPG


と、油断していると、いきなり真夏日が押し寄せて来たりする昨今なので、
みなさまも体調管理には、どうぞ十分にお気を付けて・・・。











posted by rabbit at 08:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月30日

菫のハンカチを持つ人は/五月連想幻灯会

brc_100528_02.JPG


―――五月雨に物思ひをればほととぎす夜深く鳴きていづちゆくらむ (紀友則)

「まッあなた!」
「おッ浪さん!」
こは武男なりき。
車は過ぎんとす。狂せるごとく、浪子は窓の外にのび上がりて、手に持てるすみれ色のハンケチ(ハンカチ)を投げつけつ。
「おあぶのうございますよ、お嬢様」
幾は驚きてしかと浪子の袂を握りぬ。
新聞手に持ちたるまま中将も立ち上がりて窓の外を望みたり。
列車は五間過ぎ――十間過ぎぬ。落つばかりのび上がりて、ふりかえりたる浪子は、武男が狂えるごとくかのハンケチを振りて、何か呼べるを見つ。
たちまちレールは山角をめぐりぬ。両窓のほか青葉の山あるのみ。後ろに聞こゆる帛を裂くごとき一声は、今しもかの列車が西に走れるならん。
浪子は顔打ちおおいて、父の膝にうつむきたり。

<徳富蘆花『不如帰』>


―――あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る (額田王)


brc_100318_02.JPG


女は紙包みを懐へ入れた。その手を吾妻コートから出した時、白いハンケチを持っていた。
鼻のところへあてて、三四郎を見ている。ハンケチをかぐ様子でもある。やがて、その手を不意に延ばした。ハンケチが三四郎の顔の前へ来た。鋭い香がぷんとする。
「ヘリオトロープ」と女が静かに言った。三四郎は思わず顔をあとへ引いた。ヘリオトロープの罎。四丁目の夕暮。迷羊(ストレイ・シープ)。迷羊(ストレイ・シープ)。空には高い日が明らかにかかる。
「結婚なさるそうですね」
 美禰子は白いハンケチを袂へ落とした。
「御存じなの」と言いながら、二重瞼を細目にして、男の顔を見た。

<夏目漱石『三四郎』>


ヘリオトロープは匂紫、ムラサキ草科の植物。
紫野行きの袖は、紫草で紫に染まり、茜の空は青色の袖を紫色に染め返す。
藍と紅、重ねて二藍。
菫のハンカチは、いつか通った紫野の形見。

五月雨の青、不如帰の声、さまざまな紫、他愛もない連想のロンド。









posted by rabbit at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月29日

花橘のにほふこの宿

brc_100529_01.jpg


五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする (古今集 よみ人知らず)


brc_100529_02.jpg


昨日の朝から、何かいい匂いがするなと思っていたら、いつの間にか夏蜜柑の花が咲いていました。
今日は陰暦卯月十六夜。
まさに五月待つ季節に咲いた花橘ですね。


brc_100529_03.jpg


鶉鳴く古しと人は思へれど花橘のにほふこの宿 (万葉集 大伴家持)

ウズラは鳴いていませんが、家の側では、今日も幼いコジュケイが歌の練習をしていました。
その声を聴くたびに、ついつい口元がほころんでしまいます。
だって、一生懸命に啼いているのですが、あまりにも下手で、
でもその下手さが愛らしくて、なんともかわいいのです。
昨日よりもほんのちょっとだけ上手になったみたいですが、でもまだまだですよ。
「ちょっとこい」にならず、「・・・い」になってます。
がんばれ。


brc_100529_04.jpg


香りもさることながら、その花の色も形も、どこか雅やかな美しさを湛えていて、
その枝の向こうから、まさに古の風が通ってくるようです。


brc_100529_05.jpg



brc_100529_06.jpg



brc_100529_07.jpg


では、最後に花橘にまつわる和歌をいくつかご紹介して、今日の締めくくりと致しましょう―――。


誰かまた花橘に思ひ出でむ我も昔の人となりなば (藤原俊成)
橘のにほふあたりのうたたねは夢も昔の袖の香ぞする (俊成卿女)

折しもあれ花橘の香るかな昔を見つる夢の枕に (公衡)
かへりこぬ昔をいまと思ひ寝の夢の枕ににほふ橘 (式子内親王)

五月雨の空なつかしく匂ふかな花橘に風や吹くらむ (相模)
夕暮はいづれの雲のなごりとて花たちばなに風の吹くらむ (定家)


この記事から、少しでも誰かに花橘の香りが届きますように・・・。









posted by rabbit at 17:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月28日

藍染の空

brc_100528_01.JPG


カイヤナイトの底に沈んでしまったかのような、昨夜午後七時過ぎの空の色。
ゆるく襞に撓んでいるところは、藍染のハンカチをも思わせます。


brc_100528_02.JPG


揺れ動く、インクブルーの濃淡。
その色合いが揺らめきながら移り変わって行くところは、
まさに水に溶けて行くインクさながら。
いつまでも見ていたくなるような、不思議な空でした。


brc_100528_03.JPG


さて、一転してこちらは玄関前に植えてある、料理用のパセリ。


brc_100528_04.JPG


蕾が可愛らしいですね。
緑色のオミナエシのようです。


brc_100528_05.JPG


カンパニュラも、精一杯咲いていました。
五月ももうすぐ終わり。
庭の青色は、じきに紫陽花に移って行きます・・・。









posted by rabbit at 12:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月27日

花と薬とラテン語と

brc_100527_01.JPG


朝日の当たる出窓の上のストレプトカーパス。
くるりと伸びた長い蔓に青紫の可憐な花、鮮やかに深く濃い緑の葉。
ヴィクトリア朝の婦人なら、
ハンカチやティータオルの刺繍の図案に起こしたくなるところかもしれませんね。
メリハリが効いた色合いと伸びやかな造形の絶妙なバランスは、見る者の目を飽きさせず、
つい色んな角度から眺めてしまいます。
ストレプトカーパスには小さな花を咲かせる有茎種と、
プリムラ・ジュリアンみたいに大きな花を咲かせる無茎種がありますが、
私は可憐な花付きを見せてくれる、この有茎タイプ(ストレプトカーパス・サクソルム)の方が好きです。

ところで、今朝ふと思ったのですが・・・。
「ストレプトカーパス」って、「ストレプトマイシン」みたい。

ストレプトマイシン、つまり、抗生物質の名前です。
(そのようなものを連想されても困るって、ストレプトカーパスに言われそうですが。)
結核の治療に使われた最初の抗生物質として有名で、
ストレプトマイセス(Streptomyces)属の「Streptomyces griseus」から単離された物質だから、
「Streptomyces」の語尾の「es」を「in」に変えて「Streptomycin」。
ちなみに、「Streptomyces」という単語は「Strepto」 + 「mycesの」二つに分離出来て、
前半はラテン語で「よじる」を意味する「strepho」から派生した「streptos」(曲げやすい、柔軟な)、
後半はギリシア語で菌を意味する「myces」。
同じ「Strepto」で始まる菌には、「Streptococcus」(連鎖球菌)なんていうのもあります。
(「coccus」は「穀物の粒」や「木の実」の意。)

では、ストレプトカーパスの学名は?

調べました。
ストレプトカーパスの学名は「Streptocarpus」。
あらら、そのままです。
しかも、まさにストレプトマイシンの「Strepto」と同じ綴り。
そして更に調べて行くと・・・。

「Streptocarpus = streptos(ねじれ)+ karpus(実)が語源」。

やっぱり、ストレプトカーパスもストレプトマイシン(マイセス)も、同じ語源だったんですか・・・。
花も菌も、学名にしてしまえば皆同じ。
語源とラテン語(とギリシア語)って、なかなかあなどれません。

ラテン語なんて、こうして知らず口にしている場合の他は、
日本人には殆ど触れる機会がありませんが、
(ただし少年たちが寄宿学校でラテン語を学ぶシーンだけは、小説や映画や漫画で割とおなじみ)
一昔前の欧米では教養としての必修言語でした。
日本でも「古典」や「漢文」の授業がありますけど、多分力の入れ方が全然違うはず。
本当に「必修」だったんでしょう。
(最近読んだところでは、ロード・ダンセイニの『二壜の調味料』に収められている短編の中でも、
パブリックスクールではラテン語をみっちり学ぶ、とリンリー氏が言っていました。)

ただ、「一昔前」という言葉が示す通り、今では急速に学ばれなくなってきているみたいです。
紀元前29年から19年頃にかけて書かれたヴェルギリウスの詩、
『アエネーイス』はラテン文学の最高傑作とされていて、
同じく「一昔前」は誰でも知っている共通教養文学だったそうですが、
こちらも今は通して読んだことのある人が少なくなっているそうで、
それは、ラテン語が学ばれなくなったせいでもあるんでしょうね。
だって、最高傑作と言うからにはテキストとして使用していたんでしょうから。

と、いうのは、アーシュラ・K・ル=グウィンの『ラウィーニア』のあとがきで齧った知識ですが、
その同じあとがきの中で、彼女が『アエネーイス』を原文、つまりラテン語の響きで読むために、
なんと70代になってからラテン語を学び直したことを知りました。
でも、その結果生まれたのがあの傑作だというのですから、
やはり言語そのものが持つ響きというものは、とても大切なんだと思います。
そういえば、萩尾望都の漫画の中にも、
「神様は(中略)・・・それに、ラテン語はとても綺麗な響きをしているよ」
という台詞がありました。

しかし、そう言われると、読んでみたくなるのが人情というものです。
が、Wikiで全文参照しましたけれど、
とても歯が立つものではありませんでした・・・(当たり前です)。
こうして何年かに一度のペースで、「ラテン語を知りたい!」熱が盛り上がることがありますが、
その度に、あっさり降参しているラビットです。

でもその代わり、日本人には『万葉集』や『古今集』や『新古今集』があるのだし、
『源氏物語』も『枕草子』もあるのだし。
誰だって、和歌を現代語訳に直して味わったりしませんよね。
五・七・五・七・七という、あの三十一文字の世界をそのまま、その響きのまま、
千何百年も愛し続けてきたわけで、
まあ、ただ『源氏物語』を全て原文で読破出来たのかと問われれば、
ちょっとあれではありますが・・・。

・・・。

ま、それはおいといて。
一枚の花の写真から、随分遠いところまで来てしまいましたが、
固い話はこの辺にして、今朝の庭の花の写真を。


brc_100527_02.JPG


カルミアが、咲き始まったと思ったらもうこんなに。
満開になるまで、きっとあっという間ですね。


brc_100527_03.JPG


そして、栗の花の穂も、出始まりました。
(見えますか?警報器の左側の木の枝の先端。)


brc_100527_04.JPG


まだ咲いてはいませんが、おそらく来週辺りには咲き始まるでしょう。
梅雨入りの頃に咲くから、「墜栗花=ついり(栗花落)」。
この辺りがなんとも日本語の風情です。


brc_100527_05.JPG


レンゲ草のように可憐な花を咲かせる薔薇も、もうすぐです。









posted by rabbit at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。